「技法についての解説」
蒔きつぶし:純金の粉を膠を塗った上に何度か蒔く技法。刷毛目が出ない、マットな輝きを出す。
<金属箔について>
砂子 :金属箔を網目の上でこすり、こなごなにした細かい箔。
野毛 :箔を竹刃で細かくきったもの。
泥 :砂子をより微粉末にしたもの。
澄み渡った夜空に煌々と付きが光る。夜露に濡れたクモの巣はジュエリーの様。
春、命は蘇り、自然界は活気付く。
歌舞伎の演目、道成寺から着想。桜満開の山の中にある道成寺で、旅の僧侶に恋をした娘が、その僧侶に裏切られる。逃げる僧侶を道成寺の鐘の下で焼き尽くすという恋物語。ストーリーとは別に、この演目は艶やかな舞台美術で、観ていて楽しい。そのエッセンスを画面の中に再構成してみた。
「道成寺」に同じく歌舞伎の演目より。
雪山の関所に何故か満開に咲く古い桜。幕が上がった瞬間のその不思議さは、何とも云えず綺麗だった。・・・私が興味を持つのは、長い日本文化の中で培われてきた花鳥風月や雪月花の美意識が、歌舞伎の中に様式として結実していることだ。江戸時代から現代へ、タイムスリップしたような歌舞伎は、私にとってシーラカンスを見るように楽しくもあり、勉強にもなっている。
良薬にもなれば麻薬にもなってしまう芥子(けし)。初夏の空の下、大輪の花を咲かせる芥子の怪しいまでの美しさに惹かれ描いた。善悪の境目の緊張感がそこに在った・・・。
静かの海。誰が名づけたのか、月にも海があった。さえざえと月が輝く夜。薄(すすき)の穂から種子が舞う。まるで無重力のように。
技法:月はアルミニウム粉(泥)の蒔きつぶし。海はアルミニウムの砂子。穂はマスキング液で抜き出し。
京都の金閣寺に取材。水面に映る金閣寺。約500年前の足利時代の栄華を今に伝える黄金の寺。今の建物は、一度消失したものを再建したものである。以前の姿を記憶しているのは、その前に在る池の水だけかもしれない。その池には往時を懐かしむように鯉が悠然と泳いでいる。
蓮の花にとまる蝶。その姿は悟りの世界に座する仏様の姿にも似て。画面左は、夕日を表現。西方に在る浄土をイメージさせるために構成した。
技法:円型は「蒔きつぶし」という技法で、純金の粉を膠を塗った上に何度か蒔く技法。刷毛目が出ない、マットな輝きを出す。右の蝶のいる画面は純金箔。
日蝕の中、太陽のコロナだけが不気味に光を送る。ポジがネガに変化することで、これまで見ていた風景が違ったものになる一瞬。自然界は神秘に満ちている。―――古来、人はそんなところに畏怖の念を抱き、自然を崇めてきたのだろう。
技法:牡丹の面は金泥(粉)。左の面は金箔。太陽のコロナは金の砂子。
泥の中に根を張って、水面に芽を出し、やがて空中に花を咲かせる蓮。たとえ話、泥の中を俗世、花を咲かせる空中を悟りの世界、浄土ということがある。蓮の花が咲いている情景を見ていると、人のなやみや苦しみが消滅した。悟りの世界とは、こんな世界なのかと引き込まれる思いがした。
技法:蓮花の面は金銀による哉金、野毛、砂子。左は銀箔を硫黄で化学変化させて表現。
静かな空気に包まれて、花の王者と呼ばれる牡丹が大輪の花を咲かせる。その香りにさそわれて蝶が舞う。
技法:銀色の箔部分は全てプラチナ。花の背景はアルミニウム粉(泥)。牡丹の花びらには水晶の粉を使い、透明感のある白にした。
夏の早朝、あさがおが開く。朝霧の中、羽化したばかりの蝉の羽は初々しい薄緑。夏の清涼感を表現したかった。
古今和歌集の歌の一句
「山ぶきはあやなな咲きそ花みんと植へけむきみがこよひ来なくに」
からイメージして制作。