今売れっ子のマッケンジー・ソープは、「普通の人」が自分のターゲットだと言う。にもかかわらず、エルトン・ジョン、ビル・ワイマン(元ローリングストーン)、アン王妃といったセレブリティが、彼の作品に飛びついている。だが、「べつに僕にとっては普通の人ですよ。」と、サウサリトのハンソン・ギャラリーにて開催された個展のオープニングで彼は言った。

 49点のソープの作品が展示された、お金持ちの顧客が多い画廊での発言となれば、もしかしたらうぬぼれているように聞こえるかもしれない。しかし、訛りの強い英語で、七人兄弟の長男に生まれ、ミドルズボローの工業地域で育った貧乏時代、言語障害との闘い、造船所から解雇された時の失望と自殺未遂などを話すこの画家には、うぬぼれなど微塵も感じられなかった。

 「自分なんてどうでもいい存在で、死んだ方がマシだと思った。」現在42歳、最近、制作が追いつかないほどの大ヒットをおこしたソープは言う。ある画廊が、ヨークシャーで画材店を営んでいた彼に声をかけたのは5年前だった。「画材を買うお客さんがいなかったから、描く時間がたっぷりあった。ある日1枚の絵が売れて、そして5枚が売れて、今や店が画廊になってしまったのです。」

 ヨークシャーの小さなアトリエで制作されたパステル作品は、一見子供の絵のようにみえる。美術界では風変わりと呼ばれる、この奇妙なデッサンと突飛さが、遊び心あふれる彼のスタイルを確立させ、ソープのファンにはたまらないものとなっている。

 彼は、よく映画制作者のような感覚になるという。「例えば、バス停に立っている男の人を見たとき、あたかもカメラを構えて彼を下から撮るような構図を思い浮かべたりするのです。」自分が何を描くのか、実際に描いてみるまで自分でもわからない、という即興的なアプローチが新鮮さにつながっているのだろう。

 ブチの犬を連れた大きな黄色い頭の男の子を描いた作品。幼稚園児が描くような絵のように見えることを、ソープ自身も否定はしない。だが、それは彼の考えを表している。「みんな生まれるときは大きな頭をしているのに、成長するにつれ、○○してはだめという否定的な観念で世界が小さくなっていってしまう。だから、本来の心を忘れていない人を描いたのです。」

 また、別の作品では、顔のないロングコートを着た造船所の労働者を描いている。差し迫った雰囲気、しいたげられている様子。「これは昔一緒に働いていた連中です。人種差別、女性差別、偏見のかたまりで、毎日20杯もビールを飲みまくっていました。お日様を見ることなく、一日中船底で作業を繰り返して、一日が終わる・・・。そんな彼らがある日突然雪におおわれた世界に遭遇する。『ざけんな、くそやろう』と罵っても、それは子供のように純粋に驚いている表現なのです。そんな一瞬、彼らの中の子供心が見えたりします。」

 ソープは、よく、埃まみれの労働者階級の生活を作品にほのめかす。彼自身が一番よく知っている生活である。子供たちや老人、動物、曇り空の下の羊飼いと羊の群れなども頻繁な主題である。「僕の描く動物は人間です。例えば登場する羊飼いと羊たちは、父親と子供たちを意味していたりします。」

 数年前までは、彼の描く羊は四角くて、彼を悩ませていた偏見を意味していたのだが、最近描く羊は少しソフトな輪郭となり、家族への愛を意味するようになっている。

 ソープは、元看護婦のスーザンと結婚し、現在彼女が画廊経営の手伝いをしている。14歳と16歳の子供もいる。初めての大きな展示会で作品売切れの成功を収めた時、そのお金で彼はフロリダのディズニー・ワールドへ家族旅行をした。「飛行機のチケットを買った時は震えました。」大きな家に移ろうとか高級車を買おうとか考えもせず、自分の子供たちが自分ほど貧乏な暮らしをしなくて済むとわかったのが嬉しかったと言う。

 原因不明の言語障害は確かに苦しみのもととなったが、それは同時に、彼の画家としての人生を形作った。「絵を描くことは私の唯一の自由でした。鉛筆で煙草の空き箱に描いていた昔と、画廊の今との違いはあるけれど、人生これまでずっと絵を描いてきました。」

 「私の作品は、画廊へなんて入ったこともない人々も振り向かせます。ある日、一人の男性が入ってきました。彼はぐるりと見回すと私に向かってこう言いました。『よお。俺はくだらねえ溶接工だよ。』と。そこで私もこう言いました。『よお。俺はくだらねえ画家だよ。』と。その人が何かを持っているか、持ってきたかどうかなんて関係ないのです。」
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